身近な人の高齢化を感じた瞬間

【黄色い壁に大きなサボテンが置いてある鎌倉のヘアサロンをAIで画像生成してみた。長年通っていた美容室は意外とこのイメージに近い】


15年近く鎌倉の美容室で髪を切って貰っていた。最初は同じく鎌倉にあった別の店の美容師さんにカットをお願いしていたが、閉店してしまうというタイミングで、かつて世話になっていた師匠のことを「とてもセンスがいい人だから、きっと気に入ると思う」と言って紹介してくれたのである。紹介されたその美容室は50代のベテラン美容師さんが一人でやっているお店だった。若い頃は北米に遊学していた経験があり、オヤジバンドと称して同年代の人達と楽器や歌を楽しみ、打ち上げでうまい酒を飲んでいるような人物である。話も合ったし、私個人的にもセンスのある人だと感じた。この人の名前をKさんとしよう。

Kさんの店には紹介されてから14年くらい通った。前に「俺は若いとき綾野 剛に似ていた」(つまりモテていた)と豪語していたが、Kさんを見ているとまんざら嘘でも無さそうな雰囲気である。

最後に髪を切って貰った日にたまたま年齢を聞くタイミングがあり、最近70歳になったと言っていた。私は一人の男性の50代半ばから70才までを見てきたことになる。

ここ1・2年、髪を切って貰いながら会話の中で少し違和感を感じることがあった。

14年も通って何度も同じことを伝えてきたのに「出身は秋田だよね?」(←違う)などと言われるようになったのだ。数ヶ月後に行くと、また繰り返し秋田と言ってくる。それに、どう数えたって10年以上この店に通っているというのに「まだ10年経ってないよ」などと言い始める始末である。

この美容室に通い始めた当初、私は愛犬のミニチュアダックスフンドを犬用バッグに入れて連れて行ったことがあった。それも2回。私がシャンプー台に移動しただけでワンコが吠えるので、まぁまぁ迷惑をかけて気を使わせてしまった出来事である。犬連れで髪を切りに来るなんて、まったく変な女だよ! と、その時は絶対に思われたはずだ。ところが、この前この話をしたら「そんなことあったっけ?」と返されてしまった。私が犬を飼っていることを最初から知らなかったかのような口ぶりである。


あぁこの人、だんだんボケ始めてるんだ・・・


美容師とただの客という関係とは言え、14年もの歴史があると、今日まで交わしてきたたわいも無い会話の数々をたくさん思い出してしまう。鎌倉住まいが長い人なのでよくお店を知っており、駅前に新しくできたタイ料理店は味が本格的だとか、夏しかオープンしないアイスクリーム屋が美味しいだけでなくインスタ映えもするとか、斜向かいの韓国料理屋はあまりパッとしないとか。昼間からオープンする隠れ家的な酒場なんかも教えてくれたおかげで、髪を切った帰りに酒を飲んで帰ったこともあった。食べ物の話は名古屋の牛すじどて煮から博多のちゃんぽんにまで及んだ。

奥さんとはジュリアナ東京のようなディスコで知り合って結婚をした。
奥さんは昔ボディコンを着ていた。大学生の一人娘に彼氏がいて、「よく友達の家に泊まりに行くと言って外泊するんだけど、自分の娘がまだ処女なのかそうでないのか、父親としても男としても見ていて何もわからないんだよねー」と笑って話していた時期もあった。ここ2、3年前の話では娘さんはBTSなどの韓流スターにハマっていて韓国語を勉強中なんだよね?こんな話を今までたくさんしてきたのに、覚えているのは私だけで、Kさんはほとんど忘れてしまったの???


高齢になると脳も老化してきて、認知症(前頭葉が縮む、パーキンソン病、うつ病、アルツハイマー)など枝分かれして病名は色々あるみたいだが、記憶障害が起こり始めるのだろう。

あぁ、この人、70才になったのかぁ。。。
いくら日本が御長寿大国とはいえ、70代で亡くなるのはごく普通のことだろう。

そのセンスをかって長年世話になってきたけど、いつかカットをして貰えなくなる日がやってくるんだよな、、、。そして、その日は案外近いのかもしれない。普通に考えればKさんが仕事を引退した後も私の人生は続く。そんなことを思い始め、長年住んだ鎌倉の隣町を離れることに決めた。この先Kさんの口から、病の発覚やら店を畳む話を聞きたくなかったのだ。何事にも必ず終わりがあるというのに、実際にその時が訪れて、突き放されるような気分を味わいたくなかったのかもしれない。そんな思いをするくらいなら、いっそ自分から先に身を引こう。たかが美容室の話なのに、まるで恋である。

私はもともと海外にいる方が肌に合うし、引越しはちょうどいいタイミングだったのかもしれない。だけどこの先、知らない町で知らない人に髪の毛をカットして貰う日が訪れることを、今はまだ想像できないでいる。

人の一生って短いもんですね。