北朝鮮脱北者が辿り着く海岸に行ってみたら・・・

【有刺鉄線と監視小屋もあるクイドン海岸の出入口 英:Guridong beach】

この海岸は餓死した北朝鮮人の遺体が流れ着いたり、脱北者が無事たどり着き保護されることもある延坪島(ヨンピョン島)の海辺である。韓国語だと「구리동해변」だが、これを日本語に訳すと「クイドン海辺」「クイドンビーチ」という名前になるだろうか。日の入り1時間前から日の出1時間後までは入口が封鎖されるので夜間は立ち入ることができない。右端に見える赤い看板には北朝鮮の地雷・不発弾・軍事作戦の誤認射撃の危険があるため出入りの際は注意してください。By 海兵隊第◯◯部隊長 などと書かれていた。

一体何をどう注意しろというのだ? 

参考までに、実際この海岸で発見された地雷や不発弾の写真も載っていた。



脱北成功者に向けたメッセージ

【ようこそ南朝鮮へ!脱北者を保護します。という一文と軍部に繋がる受話器】

有刺鉄線が張り巡らされた海側の塀には、この看板と軍部に繋がる電話が設置されている。Google翻訳によると『自由の国、大韓民国(南朝鮮)へようこそ。電話のボタンを押すことであなたを安全に保護します。』といった趣旨の内容らしい。実際に翻訳されたスマホのスクリーンショットが以下である。

Screenshot


なんと便利な世の中になったのだろう。Google先生さま様である。
もはや世界はGoogleが無いと生きていけないのかもしれない。

脱北に成功した者、つまり生きて韓国に辿り着けた人達は無事保護されるが、この海岸には北朝鮮人の死体が漂着することもあるという記事を読んだ。脱北に失敗したのか、ただ単に餓死して流れ着いたのか経緯は定かではないが、ガリガリに痩せ細った上半身は裸のままで、履いているズボンは見すぼらしく、その姿は可哀想で見ていられないという。

死体も漂着するが、キャンプもできるビーチ

【北方限界線間際の海は波もなく、とても静かな入江になっている】

浜辺は大きめの石で埋め尽くされていてとても歩きづらい。延坪島の民家の軒先で、よく石鹸みたいな石が置いてあるのを見かけた。あの石はこのクイドン海岸で拾ったものだろう。延坪島に住んでいる多くの人のルーツは北朝鮮である。朝鮮戦争に翻弄され、北朝鮮からやって来たまま祖国に帰れず、時代が変わった今も平和展望台や望郷展望台から北朝鮮を見ては故郷のことを想っているのだろう。物理的な距離はすぐそこなのに、実際に行くことは叶わない。権力や政治のことを考えると人間とは仕方のない生き物なのだな、と時々思うことがある。

ところで話は変わって、写真の右側に写っている木造の建物は夏場にキャンプをしながらバーベキューもできる小屋である。わざわざキャンプ道具一式持参でフェリーに乗ってやって来る人はいないと思うので、島民の夏の楽しみなのかもしれない。簡易的な木造建築に見えるが、コンセントまであって充実していた。夏なら私もここでビールが飲みたい。

この世に残された海兵隊バッジ

【松の木に刺さる故 ソ・ジョンウさんの海兵隊バッジ】

延坪島(ヨンピョン島)には2010年の北朝鮮からの砲撃によって亡くなったある兵士の話がある。彼の名はソ・ジョンウ。ミサイルが直撃してこの世から突然消えてしまった。だが、砲撃から約一年後、彼の胸に付いていたと思われる海兵隊のバッジが、松の木に突き刺さっているのが発見された。このバッジは今カプセルの中で保護されて金色に輝いている。

この世に生きているとそんな風に一瞬で死んでしまうこともあるのだと、砲撃で陥没したままの道路に立ち尽くして生と死について考えてしまった。この場所を訪れたのは早朝だったが、すでに新しい真っ白な花が供えられていた。

ママチャリで北朝鮮を見に行く

【愛着すら感じ始めた黄色いママチャリ】

延坪島には至る所に迷彩柄の一時避難所が存在する。やはり場所柄の問題なのか、スマホを出してGoogleマップで自分の居場所を調べても、正確な位置情報や自分が今立っている道路が出てこなかった。そのせいでママチャリを漕ぎながら山道で迷子になり、危うく帰りのフェリーの時間に間に合わなくなる事態に陥りそうだった。冷や汗ものである。

だが、ママチャリで北朝鮮を見に行った人はこの世にそういないだろう。自分はきっと良い経験をしたのだと思うことにした。快く自転車を貸してくれた民宿のおばさんに心からありがとうを言いたい。今は島内を駆け巡ったこの黄色いママチャリに愛着すら感じている。

きっとまた延坪島に遊びに行きます! 
その時はまたこの自転車を貸して下さいね♡