韓国の延坪島から北朝鮮を見た

【仁川フェリーターミナルから延坪島行きの船が出ている】

延坪島(ヨンピョン島)とは北朝鮮から3km程しか離れていない場所にある韓国領土の小さな島である。ネットだと日本語で延坪島を検索しても2010年の北朝鮮による砲撃事件のニュースしか情報が出てこない。しかし、韓国語のブログなどを翻訳すると、延坪島はまだ観光地化されておらず、手付かずの自然が残されている美しい島だと書かれていた。この島ならありのままの北朝鮮を覗けるかもしれない。そう思って遥々、早朝出港のフェリーに乗って延坪島へ行ってみた。乗船時間は2時間半程度である。やはりこんな場所へ旅行に行く人は少ないのか、座席はほとんどが空席で、満席で船に乗れないということは無さそうだった。ただ天候によって運行中止になることはあるらしい。乗客は仁川やソウルに買い出しにやって来たと思われる数名の島民と、延坪島で兵役中の軍人さんだけだった。

軍事施設とシェルターと有刺鉄線

【ほぼ島全体に有刺鉄線が張り巡らされている】


民宿の方に自転車を借りてみたら、延坪島はママチャリで島一周、余裕で出来てしまう大きさであることがわかった。ただし、アップダウンの激しい山道が多いので移動は結構大変である。延坪島にはタクシーもバスもレンタカーもレンタサイクルもない。小さな島と言っても徒歩だけで回るのはちょっと無理がありそうだ。私の目的は北朝鮮を望むことなので、島の北側半分を周遊しただけだが、基本的に島内全体に有刺鉄線が張り巡らされており、あちこちに軍事施設と、有事の際に島民が逃げ込むシェルターが多数存在していた。

本気でビビったのは普通にチャリンコで道路を走行中、ボロボロになって陥没してる壁があるなぁ、と思ってよく見ると、それは2010年に北朝鮮が飛ばしたミサイルが塀にぶち当たった痕跡だったこと。あと、これも自転車で走行中のことだが、すれ違うような形で本物の戦車を目撃したことだ。戦車の前後にも迷彩柄の軍用車が並んでいて、いずれも兵役中の20〜30代の若い男の子達が仲間内で無邪気に笑いながら運転して去って行く姿を見た。戦車というものはたぶん誰もが映画やニュース映像で見たことがあるだろう。だけど実物で稼働中の装甲車の存在感といったら…… ボキャブラリーが無いから「ゾクっと鳥肌がたって本能的に怖いと思った」という言葉しか出てこない。アレはまさに戦うための車だ。人を殺すための車。戦車が通り過ぎた後、ある日突然侵略が始まったウクライナのことを思い出した。

【望郷歌が刻まれた石碑が立つ望郷展望台(Manghyang Observation Deck)】

島内には展望台が二ヶ所ある。そのうちの一つが山の上に石碑と望遠鏡が3つ設置されているだけの望郷展望台である。ここから北朝鮮の島や山々を一望できるのである。そう言えば東屋(あずまや)も設置されていた。日本の公園にもある、あの屋根付きのテーブルとベンチの簡易休憩所である。天気が良ければさぞ気持ち良いだろう。もしまた行く機会があれば、私は今度あの東屋でビールを飲もうと目論んでいる。

【真ん中の無人島と奥の山々は北朝鮮】

Googleマップを見ると写真の方角は、朝鮮民主主義人民共和国南西部に位置する黄海南道あたりだと思われる。ニュース記事によれば、この山のどこかの洞窟に大砲が隠されていて、北朝鮮はいつでも延坪島に向かって砲撃できる準備が整っているということである。命に関わる物騒な話だが目の前に広がる大海原は開放感しかなかった。

【魚を捕る漁師の姿を肉眼で見れる】

ここで一つ疑問が湧いた。この展望台のすぐ下は崖になっており、北朝鮮との北方限界線(NLL)間近という環境にも関わらず、遠くにも近くにもたくさんの漁船が浮いているのである。その距離は船に乗っている漁師の顔を余裕で目視できるくらいの近さである。漁船は木造で結構古く、見た感じ韓国のものではなさそうだった。と、いうことは北朝鮮の漁船なのだろうか?最初は無条件で自分は今、生の北朝鮮人を見ているのだと思って一人で勝手に興奮していたが、その割に漁師の体格はそこそこ肉付きも良く、私の知る食糧不足の北朝鮮人のそれとは異なる印象だった。食に携わる仕事をしている北朝鮮人は意外と食べれているのだろうか? それに船に積んであるハシゴのようなものはピカピカの軽量アルミ素材に見える。餓死者が続出していて、物もないと聞く北朝鮮の漁師がこんな物を所有できるんだろうか??これらの違和感を払拭すべく、韓国語ができない自分なりに宿泊した民宿の方に尋ねてみたところ、なんと全部中国の漁船だと言うではないか! こんな近くの海岸間際まで他国が入って来るなんてアリなの!? 本当に韓国側はこれにOKを出しているのだろうか?それとも北朝鮮は延坪島も北朝鮮領土だと主張しているくらいだし、単純に北朝鮮の海域を中国に貸してあげているのだろうか? 疑問は尽きない。いずれにせよ、北朝鮮と中国の関係性をなんとなく肌感覚で感じられた瞬間だった。

【一番近くに浮いていた漁船を双眼鏡で覗いてみた】

最初は古い北朝鮮の舟だと思い込んでいたので、横田めぐみさんをはじめ拉致被害者達はこんな感じの漁船で連れ去られたのかな。相当怖かっただろうに。などと様々な思いが脳裏を駆け巡った。しかし、船の右側にいる人の姿を見るとどうも服装からして北朝鮮っぽくないので不思議に思っていたところ、実は中国人だったというオチである。




大海原から北朝鮮を見たこの日、民宿で出た食事は延坪島産の蟹のスープだった。
ただ海の中で生息している蟹や魚にとっては国境なんて関係ない。
北朝鮮産、中国産、韓国産、日本産。 本当にそうなんだろうか。
スーパーの食品ラベルに印字されている食材の産地が、なんだかとても無意味なものに思えてくるのだった。