韓国の独立運動記念日に、西大門刑務所歴史館へ行ってみた

【3月1日 韓国では三一独立運動を記念する日。ちびっ子から大人まで旗を持ち、顔に国旗のペイントをしたりしていた】


西大門刑務所歴史館に行ってみたら、ちょうど今週の土日は入場料が無料だと言うし、なんだか凄い人が集まっているなぁと思って見ていると、この日は3・1独立運動記念日でイベントが開催されていた。ここは日本がまだ大日本帝国と呼ばれ、朝鮮半島を支配していた時代に収容所だった場所である。朝鮮の主権を取り戻すために独立を求めて戦った運動家たちが、投獄、弾圧された歴史を伝える象徴的存在として今も当時の建築物が保存されている。 

私はなにもこの日を狙って行ったわけではない。たまたま訪れたら365分の1の確率でドンピシャ三一独立運動記念日だったのである。民族衣装や公務服を着ている人までいて、日本人としては都合が悪いことこの上ない。こんな日に来てしまう自分が恨めしい。例えるなら原爆投下日に原爆資料館を訪れるアメリカ人みたいなものか?しかし、口から言語を発しなければ、私の見た目はただのアジア人である。そう思って平常心を保ちながら、しれっと韓国人に紛れて長蛇の列に並んだのだった。



日帝統治時代の取調室が、北朝鮮の拷問部屋に似ていた

【地下には人形による日帝時代の拷問部屋や取調室が展示されている】


日本が植民地支配していたのは今の韓国と北朝鮮である。北朝鮮脱北者の手記にどハマりして夢中で本を読んでいた時に、脱北に失敗もしくは中国で捕まって強制送還された場合、彼らは収容所に送られて拷問を受けることを知った。その話題に出てくる拷問部屋がまさにこれである。読書中は一体どんな野郎がこんなにも酷い拷問手段を編み出したのだろう?きっと旧ソ連あたりから伝わったのかもしれない。などと勝手に憶測していたが、ここに来て、一周回って日本かよ!と脳内セルフツッコミである。


【雨天にも負けず、西大門刑務所歴史館は多くの訪問客で賑わいを見せていた】


見学順路が激混みだったゆえ韓国人に囲まれて、なにこの追い詰められる感じ・・・ 
自分が拷問したわけでもないのに、隠れ日本人としての見学は内心、肩身の狭い思いをしたのは事実である。


政治犯を収監していた牢獄

【日帝時代の元収容所はどことなく網走刑務所に似ていた】


獄舎は一点から放射線状に広がる形状でかなりの牢屋数がある。
ほぼ全ての部屋に入って見学が可能になっていた。


元収監者らを紹介するパネル

【各牢屋の中に展示されている元収容者についての資料や遺物】

中には女性の独立運動家もいて、女性用の獄舎まで存在していた。彼ら彼女たちは国のために戦った立派な英雄なのだろう。時代を生き延びて老齢まで過ごした彼らへ、国からの賛辞が感じられる展示である。


ここは東洋のアウシュヴィッツか

【敷地は広く、それだけ収容者の数も多かったことが窺える】


敷地内には獄舎や拷問部屋の他にも、監視塔、ハンセン病を患う者を隔離していた舎屋、死刑場、屍躯門と呼ばれる死体の一時置き場(隠し場所)として利用されていた扉付きの洞窟のような通路もあった。

見応えたっぷり である。

これらの建造物を見て回り、アウシュビッツを連想してしまったことは言うまでもない。


当時の運動場を見て「人権」を考えた

【縦に仕切られた扇型の塀の中で収容者たちを運動させていた】 

監視のしやすさと、収容者同士を会話させないようにするために、この形状だったと言われている。


【銅像の前で写真を撮る親子の姿は、単なる家族での休日のお出かけといった印象だった】


西大門刑務所歴史館を訪れている韓国人を見ていると、テントの出店や隣接の公園でのイベントもあって、反日感情ありきで訪れているというより、ただの一家団欒、休日のお出かけといった印象である。

拷問道具の展示にあった、人間を閉じ込める縦長の木箱はまるでナチの立ち牢だった。やっぱりこの世で一番怖いのは人間なのかもしれない。そんなことを真剣に考えたのも束の間。近くにいた韓国人家族はこの木箱を面白がり、キッズたちが中に入ってピースサイン。親子で無邪気に記念写真を撮っていた。  

当時を生きていない身としては、その土地に残された遺構を見て、資料や直筆の書物を読み、語り継がれる話を聞いて、なるべく真実に近付くことしかできない。
1945年 日本の敗戦前後の歴史を、韓国側から日本人として見た時間はとても有意義なものだった。歴史を覗くには3つの目が必要だと思う。

1・日本の視点、2・韓国の視点、3は関わりのない第三国の視点

そのうえで、最終的には個人が判断するしかないのかもしれない。


最後に余談。
私は子供の頃に広島の原爆ドームを訪れているが、原爆資料館には入っていない。親がスルーして次の観光地の宮島へ向かってしまったからである。今思えば当時の原爆資料館には目を伏せたくなるような生々しい写真がたくさん展示されていたはずだ。そういったものを親も見たくなかったのかもしれないし、ましてや子供に見せるのはいかがなものかと判断したのかもしれない。

西大門刑務所歴史館を訪れた日本人はそれなりに多くいると思うが、小さな子供を連れて見学している韓国人に驚く人が多いようだった。だけど、やっぱり本物を見てこそではないか?と思ってしまう。だってレプリカやデフォルメされた物なんて、そんなのハリボテの世界のディズニーランドと同じじゃないか・・・。