
【フジテレビ と言えば、遠目にも良く見えるこの球体が目印】
かつてNHKで放送されていた朝の連続テレビドラマ「あまちゃん」の最終回を観終わった数時間後に筆者はテレビを捨てた。以降、私はテレビを一切観ない生活を送っている。Wikiぺディアによると「あまちゃん」の最終回は2013年9月28日だったようで、自分がテレビを観なくなってからかれこれ12年が経つらしい。2017年11月からはNetflixへの課金を始めたので映画や海外ドラマは今も頻繁に観ている。大きなディスプレイで映画を観るのは好きだから、一人暮らしの部屋に50インチ近いテレビを置いていた。だけど今思えば、地デジに切り替わった2011年のタイミングで、そもそもテレビなど買わなければ良かったのだ。
テレビ番組が死ぬほどつまらなかった
なぜテレビを捨てたのか。それは、ただ単にテレビ番組が全部おもしろくなかったからである。平日午後に流れているワイドショーは、チャンネルを変えても出演者が違うだけでやってる内容はほぼ一緒。夕方以降は芸人やマルチタレントがひな壇に座って、画面の隅にワイプが表示されている、というものだ。どのチャンネルも無個性で、私にとっては朝鮮中央テレビ1局しかない北朝鮮のテレビ同様、全部が同じに見えていた。プロデューサーや監督だって面白い番組を作って視聴率を上げたいだろうに。なのにどうしてこんなにつまらないのだろう。。。 当時は単純に自分の感性が日本と合わないのだろうと思っていたが、昨年世界中を驚かせたジャニーズ問題から始まり、最近のテレビ局のセクハラ、パワハラ、反社会勢力との繋がりなどの問題を目にして「そりゃあニッポンのテレビはつまらんはずだわ・・・」と妙に納得している自分がいた。
実力がなくても出演できる
きっと芸能の世界は芝居が上手いから売れる、という方程式は成り立たないのだと思う。それはどこの国も同じなのかもしれない。だけど、そこそこ可愛い顔をした少年がジャニーズ事務所に入所してJohnny Kitagawaからの性的対象者となれば、例え歌がヘタクソだろうと、ダンスができなかろうと、本当は司会者の気質なんてなかろうと、演技が下手だろうとドラマで主役が取れる現実があったわけだ。「立場が人を作る」という言葉も事実ではあるから、最近引退した人物や無期限活動休止宣言をした人達は、きっとそれなりの努力もしてきたことだと思う。だけど真のエンターテイメントの追求よりも、実力を見ずにキャストを決めてセッティングしていると、結局今回の日本のような事態に陥るのは必至。私自身は元々、芸能人に興味も無い人間なので、才能に対する目利きは持ち合わせていない。ゆえに、どいつもこいつも本当のところはどの程度の実力があったのか、と思ってしまう。日本のテレビや芸能関係はそういう根っこの部分が薄っすら見え隠れしていたから、テレビを見ていても楽しいものとして受け入れられなかったのかもしれない。逆に、権力によって潰されてしまった俳優や歌手の磨けば光る原石のような人物もいたかと想像すると本人は実に無念だろう。
マルチタレント という立ち位置
日本のテレビを観ていると、アイドルやら歌手が司会者をしてみたり、ドラマや映画に出て演技をしたり俳優稼業も同時にこなすマルチなタレント扱いが多い。エッセイのような本を出す人もいる。この事にも筆者は以前から疑問を抱いていた。だって、トム・クルーズがワイドショーに出て意見を述べたり、ブラピが何かの番組で司会をしたり、ディカプリオが歌手として歌を歌い出したら100年の恋も冷める。
筆者は元々大変なテレビっ子であった。今でもくだらないイタズラ番組をビール片手にポテチを食べながらゲラゲラ笑うのが好きだったりする。そんな人間がテレビを捨てるという行為に走るのだから、日本のテレビ番組がどれほどつまらないのか、という話である。
フジテレビの球体に思うこと
東京の品川や新橋あたりに行くと、ビルの階数や場所によってお台場のフジテレビが見える。フジテレビはあの球体がシンボルになっているからすぐにわかる存在だ。昔、一時的に訪問したある会社の窓からフジテレビが見えた。遠目に球体を見て、なぜか突然笑いが止まらなくなったことがあった。苦笑いである。何がそんなにおかしかったのか理由は自分でもよくわからない。お台場という名のちょっと気取った場所という立ち位置かもしれない。少なくとも筆者はお台場を好んで遊びに行くタイプではない。その時の同行者に「ねぇ、◯◯さん。さっき窓からフジテレビの球体が見えたんだよ」と言ったら、「えぇ〜!やだぁ」とやっぱり大爆笑になった。その時はただ無条件にあの球体が「変」に見えたのだ。フジテレビの建物は丹下健三 氏が設計したのだそう。世界のタンゲ と呼ばれる人物らしい。デザインした本人はテレビ局の不祥事とは一切関係ないだろう。だけど見た時に「なんかヘン!」と思わされるのは、きっと社内の「おかしな社風」みたいな雰囲気的なものが外側にまで滲み出ていたせいではないか? 色々分析してみた結果、テレビ大好きな自分がテレビを捨てた理由が今になってわかった気がしている。