
【韓国・江華島(カンファド)にある江華平和展望台】
韓国には北朝鮮を望める展望台がいくつかある。その展望台の中でも川幅が最も狭くて北朝鮮との距離が近いのは江華平和展望台だろう。(あくまで私調べ) 本当はアマプラでJSAを観た後だったから板門店に行きたかったのだが、板門店はコロナ以前からアフリカ豚コレラの感染拡大でツアーが一時中止されており、その後は新型コロナで中止、再開した矢先の2023年7月アメリカ軍兵士が軍事境界線を無断で越えて北朝鮮に脱走するという珍事件が発生 → ツアー中止。以降、現在に至るまで団体・機関および外国人の板門店見学は中止のままとなっている。

【展望台までの長い道路は10分に1台程度しか車が通らない】
私はソウル市内からバスでここまでやって来たが、途中で乗り継ぎも発生し、展望台の手前には検問所(写真中央)もあったりするのでとても遠かった。確か朝の7時過ぎにバスに乗り込み、到着するまで2時間半くらいかかった。普通こんな所までバスで来る人はいないのかもしれない。展望台を通るバスの乗客は私だけだった。検問所を通過する時も、乗客はいないものと判断してか兵役中の軍人は運転手に軽く挨拶をしただけで、パスポートチェックもなくスルー。後部座席から窓を開けて一部始終を傍観していた私に気付くと、検問の兵士はビックリした顔をして私の顔を二度見していた。
バスを降りた瞬間、洞窟の奥で獣が唸っているようなおどろおどろしい音が聞こえてきた。何事かと思いながら展望台に向かう急な坂道を登って行くと、その音はどんどんクリア且つ高音になってくる。それは北朝鮮が拡声器で垂れ流しているプロパガンダであった。よく聞くとなんだか昭和のラジオのような印象である。一瞬、韓国のものでは?と思ってしまうようなポップで明るい音楽も流れていたが、どうも周囲の地形の関係で音が山や谷に反響するせいで、場所によって悪魔の唸り声のように聞こえるようだ。その気持ち悪い音響はまるで、外ヅラだけ良くて、裏を返せば悲惨な状況を現す北朝鮮そのものみたいな感じがした。
川の向こうは北朝鮮

【肉眼で向こう岸(北朝鮮)の集落や道路がよく見える。川幅はたったの2km】
展望台には室内にもデッキにも望遠鏡がいくつも設置されている。畑の中に建つ民家などは肉眼でも良く見える距離だが、望遠鏡を覗くと田んぼの畦道を走る自転車や井戸端会議をしている北朝鮮国民の姿まで見ることができた。家畜の牛と山羊もはっきり見える。この辺りに住んでいる北朝鮮国民は、望遠鏡などという物体で自分達が覗かれていることすら想像もしていないだろう。そうなると、こちらとしては完全にのぞき魔の心境である。望遠鏡は1回500ウォン。両替機の設置があるので、昔ハマったパチスロのごとく札を吸い込ませては、せっせと500ウォンコインに両替しまくる自分がいた。北朝鮮は日本と時差もない近さなのに、実態は謎のヴェールに包まれている。そんな国を覗き見できる束の間の1分間。「もろ見えより、チラ見えの方が興奮する男性諸君の気持ちがよくわかったよ!」などと冗談を言ったこともあったが、まじめな話をすると北朝鮮人民にだって人権があるわけで、お隣の豊かな国から100年近くも前のような極貧農村地帯での暮らしぶりを見られていては辛いものがあると思う。しかし一方では「知らない」ということはある意味幸せなことでもある。北朝鮮という国がいつか崩壊して、彼らが外の世界を知った時こそ真に辛さを感じる瞬間なのではないか。むかしTHE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)というバンドが歌っていた曲の歌詞を思い出した。
見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部
でたらめだったら面白い そんな気持ち分かるでしょう
この歌詞をそのまま地で行ってるのが北朝鮮という国である。
現実には「面白い」では済まされないと思うのは、きっと私だけではないはず。

【望遠鏡から覗いた北朝鮮の集落や川沿いの道】
日本の外務省のページによると北朝鮮の人口は約2,578万人(2020年 国連統計部) ウィキペディアでは2020年の時点で約2,616万人と誤差があり、正確には把握できていないのかもしれない。
川を隔てて覗いた北朝鮮の集落では、自分が想像していたよりも多くの人々が行き交い、自転車の交通量がとても多かった。田んぼの畦道で向こうから歩いて来る人と、右側からやって来た自転車に乗った人が、すれ違いざまに立ち止まり、立ち話を始めるシーンを目撃した。
あの人とこっちの人は知り合いなんだ!
こんな、どこででも見られるような光景が、北朝鮮相手になると新鮮に見えてくるからあら不思議。
北朝鮮関連の展示品

【北朝鮮のプロパガンダ】
展示室では北朝鮮のプロパガンダや、北朝鮮国内で流通しているホンモノのお金まで見ることができる。朝鮮戦争以降の韓国と北朝鮮の歴史を対照的に描いた一覧表や写真の展示も多くあり、実に興味深いものがあった。
また、韓国と北朝鮮の間ではお互い国境の手前にDMZと呼ばれる非武装地帯が設けられている。この地帯は基本的に人間が立ち入らない区域になっているため、手付かずの自然が残っていて絶滅危惧種の生息地にもなっている。セールスポイントは北朝鮮の見晴らしだけかと思いきや、生き物の紹介までされている充実ぶりだった。
北朝鮮の家の中は田舎のおばあちゃん家

【北朝鮮民家の室内を模した展示】
北朝鮮民家の室内を模した展示を見たら、今は亡き田舎の祖父母の家を思い出した。ちゃぶ台に座布団、水かけごはん、キュウリの漬物、麦茶に風鈴の音色、ラジオ体操・・・。時代はまさに昭和である。
国境付近の田んぼの風景

【夏はきっと蛍が飛ぶであろう田舎の風景。奥には有刺鉄線と北朝鮮の山並み。】
来る途中の景色があまりにも牧歌的で、バスの車窓からぼーっと外を眺めていた時、あぁたぶんこの辺りは夏に蛍が飛ぶだろうなぁ、と思った。展望台のデッキから「まんが日本昔ばなし」のような風景を見たことも相まって、夕陽が沈む前の田んぼの畦道を、飼い犬と一緒に歩いた小学校低学年頃の思い出がよみがえり、懐かしさが込み上げてきた。それは、由紀さおりと安田祥子の赤とんぼの世界観である。
国境付近の民家に泊まりたい

【北朝鮮の一番近くで暮らすワンコがこちら】
帰りのバスがなかなか来ないので、停留所前の民家で飼われているワンコに話かけて時間を潰した。この子は北朝鮮のもっとも近くで暮らしているワンコと言っていいかもしれない。ちなみにこの民家ではニワトリも飼っていた。
朝から晩まで北朝鮮のプロパガンダがガンガン聞こえてくる田んぼのそばに住もうと思う韓国生まれの韓国育ちの人はそういないだろう。このような田舎は、なるべく故郷のそばで暮らしたいと願う脱北者たちに、韓国政府が土地や家を提供していると聞いたことがある。だから、もしかするとワンコの住むこの家も脱北者一家なのかもしれない。母と娘とおぼしき二人が畑でトマトの手入れをしていた。その光景はなんとも静かで美しかった。
この辺りのどこかの民家で私を泊めてはくれないだろうか。きっと本やニュースでは知り得ないモノがたくさん見えてくるはずだ。何もない所でも好奇心は沸々と湧く。できれば夏がいい。こんな場所でトマトを頬張りながら蛍を見たい。

【山の中にポツポツと見える北朝鮮の監視塔】
38度線を西から東へ旅するにあたり、北朝鮮に関する本を20冊ほど読んだ。思うに北朝鮮という国は首都の平壌以外の地方では、朝鮮戦争よりももっと前、日本が統治していた頃の名残が今も残っているような気がする。昔の中国や韓国とも違う現在の北朝鮮には、映画や小説で見てきた古い時代の日本のそれをなんとなく感じるのだ。
一度北朝鮮を旅行してみたいと思って、情報収集に励んだことがあった。北朝鮮への渡航歴があるとESTAでアメリカ入国できなくなってしまう。アメリカに行くたびに大使館へ行ってビザを発行して貰うのはちょっと骨が折れるなぁ・・・。何気に一番好きな国がアメリカだったりするし・・・。そんなわけで、きっと私は一生北朝鮮の地を踏むことはないだろう。しかし、死ぬほど旨いと噂の北朝鮮の大同江(テドンガン)ビールは、絶対死ぬまでに一度飲んでみたいと思っている。